西澤 忠
(ゴルフ・ジャーナリスト)
【プロフィール】
1941年生まれ、1965年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。同年、ゴルフダイジェスト社入社。
同社発行の月刊「ゴルフダイジェスト」誌編集長を経て、1996年1月にゴルフジャーナリストとして独立。
まるで鏡のような速いグリーン!?そんな高速グリーンの時代がやってきた。 米国のプロ・ツアーではいつまでも転がり続けるボールの行く方に観衆が興奮し、ゲームが盛り上がるからだろう。急速に進化した用具とプロの技術が時代を経た名コースを易しい舞台にしてしまったからに違いない。
歴史をひも解けば、「マスターズ」を開催するオーガス夕ナショナルGCがグリーンにべント芝を採用したのは1980年。起伏の大きいグリーン芝を芝刈り機とメインテナンスの発達で3ミリ台に刈れる時代になった。スリルと興奮を呼ぶゲームを愛するマスターズが一層華やかなゲームを演出している。
想い出せば観戦記を書く雑誌記者の時代、1977年の試合(トム・ワトソン初優勝) を観た。試合後、コースをプレーする機会に恵まれた。バミューダ芝のグリーンは遠くから見ると緑一色のように見えたが、グリーンに乗って足元の芝グリーン面を見て驚いた。 芝草は細長くまだらに生えているだけで、ほとんどが砂地のグリーンだった。 「これはサンド・グリーンか?」と思った。 強い転圧でボールの転がりは速く、起伏によってはどこまでも転がるのだった。
設計家のピート・ダイに言わせると、1980年代のツアー・コースは3ミリ以下に刈って、スティンプ・メーターで11フィートの速さが可能になったという。 しかし、それも昔の話。今や13~14フィートの速さを出せるというから驚く。
彼の設計で話題を集めたTPCソウグラス“スタジアム”コースは当初、速いグリーンを硬く仕上げたので、ニクラスやワトソンから非難を浴びたもの。ニクラス曰く「ロング・アイアンで車のボンネットの上にボールを止めろと言うのか!」とまでクレームをつけ、改造された経緯がある。
芝刈り機は歯の厚みがあるので、速くするのは転圧機の仕事で、3ミリ台に刈り込んだ芝草を押し潰して寝かせ、速さを出す。日本のトーナメントでもこれが常識になって久しい。 18ホールのグリーンを等しく速く硬いグリーンにして、極限の技術を競わせるという時代が到来した。
カレドニアンGCと富里GCでは今年の春から“14フィートに挑戦!”というキャンペーンを行っている。世界のプロ・トー ナメント並みの高速グリーンを堪能して欲しいという企画。この狙いを早川会長はこういう。
「これまでスコットランド・リンクス思想を基本にした戦略性の高いワン・グリーンのコースとして愛されて来ましたが、関東近県の名門コースがベント芝ワン・グリーン化改造をしたりして、うちと似たグリーンを造り始めた。時代の先端を走って来た者として300ヤード時代に挑戦する必要を感じたのです。」
J・M・ポーレット設計は英国のリンクス思想に米国式造形を施し、時代の先端を行く難グリーンで知られて来たのは事実。平均600平方メートルの変幻自在なグリーンがゴルフのもう一つの醍醐味であるパッティングを興味深いものにした。コンター(起伏) が複雑で「グリーンに乗れば2パットで0K一とは行かない面白さがあった。
だから、一つのグリーンでも旗の位置によっては攻略ルー トが変化するのもここでは常識だった。
それを更に難度を上げて、高速グリーンにしようというのである。しかも、その高速グリーンを転圧機で硬くするのではなく、芝草の正しい生育方法で演出しようという方式である。芝草の健康な育ち方をさせると、夏の暑さにも負けず、健康な芝根が強さを持つというのだ。
ベント芝のワン・グリーンはカレドニアンと富里2コースのトレード・ マークとして多くのビジターやメンバーに愛されて来た。しかし、開場以来20年余の年月で、コー スの見直しも余儀なくされるもの。これまでバンカーの配置、バンカー・エッジの老朽化の修復とメンバーの目につく改修は数多い。
しかし、速いグリーンの実現にはもっと根本的なグリーン床の改修が必要となった。ご存知の通り、グリーンの床構造とはUSGA方式(全米ゴルフ協会のグリーン・セクションが研究・提案している粒子の異なる砂利と砂質の構造)が一般的で、コースのある地域の気候条件で変わるが、基本は同じである。砂利や砂で排水と保水をコントロールする訳である。
しかし、時代を経るとこの床構造に不純物の堆積で不透水層が出来やすい。 当コースはグリーン上から25センチ前後までバーチカル・ドレインで穴を開け、その不透水層を撹拌して地下構造を改善、有機肥料で根を健全に育つよう促すことにした。
これはグリーンの画期的な更新作業で、芝草の根が正しく発育し、硬いグリーンを実現するために採用した。
「そうした根本的地下構造の改善で、芝草に密度、根の健全な張り方が実現、初めて2.8 ミリの刈り高で14フィートのグリーン・スピードが実現するのです」と早川社長は胸を張った。速いグリーンの形状は昔のままだが、日に見えない床構造と芝草の根の張り方はまったく新しいグリーンになったのである。
さて、14フィートの速さを持つグリーンとはどんなものだろうか?現在の一般プレーヤーは冬の乾燥時季に速さを感じてもせいぜい10フィート前後だろう。ちなみに昨今の日本のトーナメントは水を切り、転圧して12フィートくらいが普通である。それでもトップ・プロでさえ惑わされるスピードであることはTV観戦した人には分かるだろう。
ただし、石井グリーン・キーパーは「速さを出した時にはホール・ロケー ションに神経を遣う」と言っている。スティンプ・メーターの数字は比較的平坦なグリーンで往復のテストで平均値を出すもの。 同じ14フィートでも下り傾斜ではより速くなるので、カップ位置に配慮が必要になるのだ。
「これでポーレット設計の戦略性はさらに上がるでしょう」と早川会長は言う。
時代の先端を行くカレドニアンGCと富里GCのグリーンがまた新たに“高速グリーン”で話題を呼ぶことは間違いないだろう。